石のこころ 香川の銘石
香川県には自然の恵みである良質の石と、採石から加工に至るまでを行う熟練された高い技術を持つ石工さんがいます。
そして、先祖を祀る墓石や記念のモニュメント、歴史を今に残す建造物など、さまざまなところに香川の銘石は存在しています。
それぞれの香川の石が持つ歴史や特徴をご紹介します。

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青木石

瀬戸内海に浮かぶ塩飽諸島28の中で最も大きく、広い島、香川県丸亀市「広島」。 この島内にある弘法大師が修行したといわれる「心経山」で青木石は採掘されています。 青木石の歴史は古く、現存する資料には「明治18年に島内の青木浦字甲路に石切場を開いたのが始まり」 と記されていますが、豊臣秀吉が大阪城を築城した時にも、巨大な石がこの島から運び出されたという説もあります。 国の登録文化財に指定されている金毘羅宮宝物館のほか、瀬戸大橋記念公園や香川用水記念公園などで青木石に触れることができます。

特徴

青木石は花崗岩に分類されます。色調は青系で、その濃さにより黒口、青口、 白口に分かれています。青木石ならではの、落ち着いた優しい石の目合いは、墓石材として親しまれ、特に女性に好まれています。 そのはか、造園や建築用などにも利用されています。





小豆島石

瀬戸内海に浮かぶ小豆島の地質は、主に花崗岩から成り立っています。この小豆島の北東部で採石されているのが小豆島石。 1583年に豊臣秀吉が初めて大阪城築城にかかった時、小豆島は豊臣方の領地だったため、加藤清正らによって採石されていました。 その後、1620年に徳川家が大阪城を大改築した際、全島の各方面から七人の大名が大石を切り出し大阪の送っていました。 小豆島石は大阪城以外に、江戸城や江戸山王神社鳥居(笠井家文書)、皇居石橋(西丸大手橋)などに使用されています。

特徴

小豆島の花崗岩は荒目石で光沢がああり、加工しやすく、変色しないなどの特徴があります。 小豆島石の中には、白石や赤みの石もあり、黒色の有色鉱物が茶褐色に変色するものもあります。 また、ごく薄い紅色の石もあります。





由良石

高松市由良町にある由良山の全山で採石せれている由良石。約400年前、 由良山上に城を築いたとき、由良石を使ったのが採掘の始まりといわれています。 江戸時代の終わり頃には、由良石を使った製品の種類も増え、墓石やお寺の灯籠などが盛んに作られようになりました。 由良石で作られた灯籠には苔がよく着くということで喜ばれています。また敷石(貼石)は、ソフトな色彩で、とくに皇居東庭(宮殿広場)は有名です。


特徴

由良石は、安山岩でも軟らかな黒雲母安山岩に分類されます。六角柱状の節理で、見た目には砂岩のようにも見え、淡紅と淡緑の二種類あります。 黒雲母の並び方にそって割れやすく軟らかでノミがよく立つことから加工しやすいのが特徴です。また由良石は熱に強く、広島が原爆の被害にあったとき 、その強い熱で人の姿が石に焼き付けられたそうです。その様は、今も訪れる人の涙を誘っています。





庵治石

源平の戦いの舞台となった檀ノ浦に臨む町、牟礼町と庵治町の境付近から産出される庵治石。その歴史は古く平安時代といわれ、高松城築城(1588年) の時から採掘が始まったと言い伝えられています。また約400年前、大阪城築城のため、石垣の調達を石材港である庵治から行っていたことから「庵治石」と 呼ばれるようになりました。現在40数箇所の丁場があり、野山地区、庵治地区、中丁場地区、大丁場地区で産出した庵治石は、広島原爆慰霊碑や、東京オリンピック の聖火台、故イサムノグチの遺作ともいえる「タイム・アンド・スペース」、そして高橋尚子金メダル記念碑など広く用いられています。


大丁場地区
特徴

庵治石は花崗岩の一種で、石英と長石を主成分とし、少量の黒雲母と角閃石を含む硬い岩石です。地質学的には「黒雲母細粒花崗閃緑岩」に分類せれます。 庵治石はその構成物質の一つ一つの結晶が極めて小さく、結合が緻密なため、水を通しにくく、細密な細工が可能です。さらに、きめ細やかな地肌であるが故に、 風化に強く、磨けば磨くほど艶がでます。その最大の特徴は、花びら大の「斑」。湿り気、潤いを与えたような石目を表現し、高級感を生み出します。





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